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レビュー

マスコミをも巻き込んだ、希代の写真集

羽賀の口説き術に騙されて、羽賀一途になってしまったアンナちゃんが、一番周りが見えなくなっていたときに撮影された写真集です。
中身はというと、ほとんどのページでお互いフルヌードです。アンナちゃんの爆乳すんごいです!
感想は、「お互いの姿しか見えない恋人同士が抱擁し合っているんだな」という感想です。

発売当時はワイドショーでも報道されたほどで、世間がこの2人の動向に一番夢中になっていたタイミングでもあり、
その後もこの写真集の関心度を超える写真集は登場していません。

ページをめくっていくと、何通かアンナちゃんが手紙を書いていて、
研ちゃんとの出会いとか、パパ、ママへの手紙、彼への気持ちやワイドショー、
そして世間へ伝えたいことなどで、当時のアンナちゃんの心の中がうかがい知れます。

でも今にして思えば、ドロ沼だったはずのアンナちゃんなのに
彼の借金については全く触れていません。
心の奥底では気になっていたんだろうけど、この頃はまだまだ研ちゃんを信じる気持のほうが強かったのかな・・・

冷たいもので世間は、バカップル と呼んでいましたが、でも、
最後には、ちゃーんと羽賀を見切って別れたアンナちゃんは偉い!


お金をかけない安価な作りが評価を下げました。

内容的には、かなり面白い作りです。幸せだった馬鹿ップルを見事に表現していて好印象です。きれいなアンナさんに会えるので、次の欠点がなければ星4つ以上でしょう。まず、今時めったに見ない安物の紙質。意味のないモノクロ写真の多用。せっかくのきれいな面白い作品が台無しです。


やばい

アンナのヌードすごい迫力!羽賀でマイナス1つ。


女性誌やファッション誌の表紙を飾り、モデル、タレント、あるいはスキャンダルでメディアをにぎわす梅宮アンナが、初エッセイ『「みにくいあひるの子」だった私』を書き上げた。
有名俳優の父梅宮辰夫と、アメリカ人で元ファッションモデルの母を持つ華やかな生い立ちとは裏腹に、本書ではコンプレックスの塊だった幼少期からの28年間を赤裸々に告白している。
確かに、従来の暴露モノ的要素は盛りだくさんだ。気になる羽賀研二との破局、芸能人2世としての華やかな生活、トップモデルとしての仕事ぶりなど、女性週刊誌を読むのと同じ楽しさは十分に味わえる。
だが、この本の本当の魅力は、ひとりの女の子としての梅宮アンナが、「家族」「いじめ」「学校」そして「自立」をどう見つめながら成長していったかにある。
特に、ページの多くを割いている両親との軋轢(あつれき)に苦しむ姿は、親子の絆や家族の意味について問いかけている。いい意味でも悪い意味でも親が子どもに与える影響について、親の立場にある人にはぜひ読んでもらいところだ。
本書は「梅宮アンナのサクセスストーリー」ではない。ひとりの女性が否定し続けた「惨めな過去」を書くことで見つめ直し、いかに自分を肯定できるようになっていったか、その軌跡をたどるビルドゥングスロマンなのだ。(東海左由留)

レビュー

いい本。

この話を読んだとき、私は本当に彼女に対して悪いことをしたんだなと思いました。
醜いアヒル、そして醜い女性器。醜い辰夫。
本当によかったです。


独断行動が目立つアンナちゃん

アンナちゃんの幼少期からJJモデルを経て、羽賀研二と撮った写真集のあたりまでが書かれていますが、
孤独な一人っ子であったことをうかがわせる内容で、子供のころはこういうことを楽しんでいた
など書かれていますが、そこに友達と楽しく遊んだ想い出はありません。

友達らしき人がでてくるのは、JJモデル時代。
学生時代は結構な孤独であったようですがアンナちゃんの口からはそれは語られていません。
なんでも自分の思い通りになる、一人っ子の専売特許があたり前だったようですね。
ハイスクールに進学する際も、ずいぶんとアンナちゃんの独断行動で遠回りをしたようで、
結局、制服にあこがれて進学をしたところがアンナちゃんらしいですね。

芸能界に入ってからもあまり友人関係の話などでてきませんが、独断行動ばかりしている代償といっても、行き過ぎはよくないですよねー。
ひと前では決して「淋しい」なんて言わない強いアンナちゃんですが、パパやママがもっと真剣に協調性というものを教えていたら
今とは別人のアンナちゃんの姿があったのでは? と他人事ながら感慨深いです。

強い子ならいいのか、自立さえしていればいいのか、我慢するこころは、協調性は・・・
いろいろ考えさせられる一冊です。


意外な人生

この本を読んで元々勉強が好きなタイプの人間ではないことを更に確認できました。昔クイズ番組で質問の意味がわからないのを観てかなり驚きました。でも真っ直ぐな生き方で、包み隠さない、しかも羽賀さんとの事は他人事のように思い興味もなくワイドショーを観ていませんでしたが、ひどいですよね。あんなにスタイルも良く可愛いのに今は何を?しているのですかね。


お年頃または適齢期の娘さんをお持ちの方にも

人は分かっていることを書くのではない。書くことによって分かるのだ。自伝を書く機会を与えられた著者は、何よりもこのことを実感しているに違いない。こういう風にも言ってみようか。私たち読者は、彼女の半生は本当にそういうものだったんだろうかなどという確かめようのないことに心を奪われてはいけない。私たち読者にとっては、この本で描かれていること自身が他ならぬ彼女の半生なのだ、と。そこから読み取れるだけを読み取ればよい。私は、著者が小学6年生のときの学校でのある出来事にとりわけ心を痛まされた。だから、中学・高校とくすぶっていた彼女がモデルとして羽ばたいていく姿には微笑ましく思った。現代日本の同世代女性の最大公約数いや最小公倍数的存在は、彼女に最もふさわしい(同じ年に生まれたことになっている(そして誕生日も結構近いはずの)飯島愛はどう考えても違うでしょう)。訝る向きは、英英辞典の「model」という項目を調べてみれば良い。「代表」を意味する単語が真っ先に目に飛びこんでくるではないか(やっぱり飯島愛ではなかった)。そんな彼女の歩んできた道に私たち読者が接することのできる機会が貴重でないはずがない。


変身したいあなたへ

誰もが個人差はあれ、なんらかの変身願望をもっているものです。いつもと違う自分を求めて、新たな自己を確立するために様々な事に挑戦します。梅宮アンナさんは「醜いアヒルの子」から「美しい白鳥」へと見事に変身しました。いえ、成長したと言った方が相応しいかもしれません。この本はそんな彼女の過去を率直に、気取らずに語っています。「美しい白鳥」へとなかなか変われずに苦しんでいる皆さんにお薦めします。